「帝紀」「旧辞」の『ホツマツタヱ』などヲシテ文献を読み解く!

『古事記』『日本書紀』の漢字翻訳前の原書が『ホツマツタヱ』です!

「カガミ」か「カカミ」か? 追記、12月22日・23日。

ヤマトタケさまがカツサ(房総半島)に渡られた際に、

サカキにカガミ(鏡)を掛けて迎え待つ人が居ました。

ホツマツタヱ』39アヤ37ページには、

と記されています。「ガ」は内側の鬚濁点です。

内側の鬚濁点は、ヲシテ時代からあったと考えられます。

外側の二点濁点

は漢字時代になってからの付加されたものです。

文脈からも39アヤ37ページの用例の「カガミ」は「鏡」の意味だと取れます。

さて、

「鏡」を掛けるとは、特別な意味が込められてあるのか?

辻さんは、7アヤの事ではあるまいか?

と、気付いたとのことです。

オモイカネが心配して駆け付けると、

ツハモノヌシがサカキに、ニタマ、マフツのカガミ、ニキテを掛けて祈ったのでした。

それは、アマテルカミが愛おしいハナコヒメを亡くされて意気消沈なさっていたのを、

お慰めするためでした。

まさに、

ヤマトタケさまも、同じ境遇にあったのですね。

ヲトタチハナヒメが海に飛び込まれてしまって、

悲しみに暮れていたのでした。

オオカシマや、カトリ・カシマ・イキスのゆかりの人達が

ヤマトタケさんを気遣ってお慰めするべく、

待っていたのですね。

それで、「カガミ」を掛けて7アヤの時のようにして待ったのでした。

 

追記(2023年12月22日)

さらに、7アヤでの「アガツマアワヤ」

と、39アヤでの「アツマアワヤ」

本歌取りなのですね。

この故に、

カクの実を掲げることがとても意味深いものとなるわけです。

               ・

これは、良い回答でした。

また、

スクナビコが鏡を船に掛けて来た時の事だ。

と言う人が居ました。

「え?」

スクナヒコは「ビ」の用例はありません。

スクナヒコナの方が用例が多いです。

「スクナビコ」と「ビ」に訛るのは『古事記』です。

「少名毘古名神」と濁音の「ビ」に誤翻訳しています。

日本書紀』では、少しはまともで「少彦名命」です。

人物として取り扱っています。

古事記』の濁音説で「ビ」と読むのは、ダメ訛りですね。

さらに、『古事記』は「神」として神話にしてしまっています。大間違いです。

古事記』はまったくもってひどいものです。

古事記』に毒されてはなりません。

           ・  

さて、

スクナヒコナのところでのことは、はたして鏡であったのでしょうか?

「クシキネ」はオオナムチのイミナ(実名・まこと名)です。

オオナムチは、右のトミであったのです。

「カ」のカミ(司)ですね。

この用例での表記は、

「カゝミ」となっています。

でも同音記号の踊り子文字「ゝ」は、

漢字時代になってから付加されたモノですね。

もともとは「カ」であったはずです。

つまり、

と記されていたはずですね。

清音の「カ」です。

「カカミ」のフネとは、「右大臣」の「ミギのトミ」のフネのことだと、

これも辻さんの読み解きで解った事でした。

「カガミ」と「カカミ」大違いです。

         ・

「鏡の舟」ではなかったのでした。

勿論のこと、『古事記』・『日本書紀』での誤訳の

ガガイモの実を割って作った舟。」でもありません。

「天の羅摩船」と直訳しては意味を取り違えます。

誤訳を直訳すると、どうしようもない世界に入り込むのですね。

 

追記(2023年12月23日)

「ヰナカにすみて サワお(を)みす」の意味について

合田さんから、語釈が寄せられました。

ヰナカにすんて(住んで)

は、

「狭い井戸の中に住んでいて(澄んだ水にひたって)

サワ(川)の流れを見ないでいて(独りよがりですね)」

の意味であろうと。まさにそうですね。

井の中の蛙」に似てもいますが、これは荘子の作です。

荘子の「秋水篇」の「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」が由来ですから、

他人の空似のごとしです。ヲシテの方にはカエルは出てきません。

そう言えば、

つい、この間も、

よく似ていると、他人と間違えられたことがありました。

もっと個性を磨かねばなりませんね。