「帝紀」「旧辞」の『ホツマツタヱ』などヲシテ文献を読み解く!

『古事記』『日本書紀』の漢字翻訳前の原書が『ホツマツタヱ』です!

藤原俊成卿の法要のこと宇治のこと。

ウタの和歌の、「やまとことは」での伝統は冷泉家に活きています。

俊成卿の法要が「秋山会(あきやまかい)」として営まれます。

俊成卿のお墓です。

法要に先立って、墓参をしました。

小高い丘の上(稲荷山の峯)にありますので、息を切らせて登ります。

冷泉さんは、昔ここでお待ちくださいましたが、今は、登るのがおっくうで、と、

おっしゃっておられました。

こんな丘の上にも、住宅が。

正覚庵の法堂には日月の屏風をしつらえて下さっていました。

宇治の橋は、ヲシテ文献にも出ます。

 次の年とは、

アスス722年の事です。11代のイクメのキミ(垂仁天皇)の時代です。

『ホツマ辞典改定版』(池田 満、展望社)311ページの年表に、

詳しくあります。ウヂのカメイシの典拠もあります。

『ホツマ辞典改定版』(池田 満、展望社)311ページです。

年表は便利です。『ホツマツタヱ』の出典のアヤ・ページの場所がわかります。

ホツマツタヱ』は『古事記』や『日本書紀』の原書ですから、くわしい正しい伝承がわかります。

宇治橋のちょっと出っ張ったところは、水汲みのための場所だ、と、

冷泉貴実子さんが教えてくださいました。

昼食の「宇治川」から宇治橋の出っ張りが良く見えました。

この下に、川の中で湧水が湧いているとか、何とか。

宇治は名水なのですね。

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平等院が奇麗になって

今年は、宇治に平等院鳳凰堂を見物に行こうという趣向です。

みなさま、美しいお着物で。

源三位頼政さんの墓所です。

平等院鳳凰堂です。

秀吉の妹さんの朝日姫のお墓は東福寺塔頭の南明院にあります。家康の正室です。

カラスウリの遅咲きです。